【コラム】バイデン政権のお粗末な幕引き、同盟揺るがす-リーディー

コラムニスト:リーディー・ガロウド

2025年1月8日 11:43 JST

日本製鉄によるUSスチール買収を阻止したバイデン大統領の決定を最も象徴しているのは、発表時に起きた不手際だ。

根拠のない国家安全保障上の理由でこの買収を止めた大統領令を伝えた文書の表題は当初、中国の暗号資産(仮想通貨)マイニング(掘削)企業による米空軍基地付近の土地取得問題だった。

政権のスタッフが以前の大統領令をコピー&ペーストして作成した文書である可能性が濃厚だ。この中国企業、マインワン・クラウド・コンピューティング・インベストメントの対米投資案件は却下されていた。

この出来事で、理解に苦しむ買収阻止について多くの日本人は一つの考えに至るだろう。つまり、米国にとって、日本は中国と同じなのかという疑念だ。

米国にとって恐らく最も重要な同盟国である日本を、激しく対立する国と同じように扱うことを正当化する理由はほとんどない。

バイデン氏は買収反対の意向を隠さず、同氏の判断は既に予想されていた。ただ、大統領として次男ハンター氏に恩赦を与えた時と同様に、従来表明していたスタンスを変える可能性もわずかながら残されていた。

誤解しないでもらいたい。USスチール買収が嫌がられる理由は多い。だが、日本製鉄のために言えば、バイデン氏の決定は災い転じて福となるかもしれない。

私は昨年、この買収計画は準備不足の買い手が法外な金額を支払い、買収先を統治できずに急きょ撤退を余儀なくされるという過去の日本勢による米企業買収を連想させるとコラムで書いた。

日本製鉄が大統領選の年に、この買収を成立させられると考えていたことは、米国でビジネスを行う際に直面する難しい現実に対処する準備ができていないことを示唆している。

同社は実現の可能性が低いように見えた買収計画で、5億6500万ドル(約893億円)の違約金を支払う義務を負うことになった。

しかし、ショッキングだったのはバイデン氏の反対理由だ。日本製鉄が米国の「国家安全保障を損なう行動を取る恐れ」があるという「信頼に足る証拠」があると同氏が信じているというのだ。同盟国である国を指して用いるには、あまりにも極端で感情を逆なでする表現だ。

もちろん、そんな証拠はどこにも見当たらない。国家安全保障上の問題を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)は秘密主義で知られるが、この買収による安全保障リスクはないと判断したと報じられている。

買収に反対したのは米通商代表部(USTR)だという。一方で、バイデン政権内ではブリンケン国務長官やキャンベル国務副長官、エマニュエル駐日大使ら多くの人々が、バイデン氏に再考を促したと伝えられる。

日本製鉄とUSスチールは6日、バイデン氏の決定を覆すため訴訟を起こしたと発表。日本製鉄の橋本英二会長兼最高経営責任者(CEO)は7日の記者会見で、「買収をあきらめる理由も必要もない」と語った。

石破茂首相は、想定される安全保障リスクに関する説明を米政府に促し、武藤容治経済産業相は「国家安全保障上の懸念を理由にこうした判断がなされたことは極めて残念で理解しがたく思っている」と述べた。

最悪のタイミング

日本はこれまで、米国が主導する対中輸出規制に従ってきた。こうした措置は米国より日本への影響が大きい。実際に中国は重要な鉱物へのアクセス制限を含む対日報復をちらつかせている。

米国が政治的利益をむき出しにすると、日本は切り捨てて構わない国のようだ。それでも、米兵5万人余りが駐留し自国の防衛を米国に託している日本から、どのような国家安全保障リスクが生じるというのだろうか。

バイデン氏の決定は、なかなか忘れられない侮辱だ。さらに悪いことに、「米国人は中国と韓国、日本からの渡航者をすべてアジア人と見なしている。違いを見分けることができない」との王毅・中国外相の発言を裏付けている。

外相を一時退任していた2023年に王氏が日中韓の3カ国フォーラムで述べたこうした言葉は、人種差別的な含みがあり不快だった。日韓というアジアの2つの民主主義国家と、両国の安全保障の後ろ盾である米国との間に亀裂を生じさせる狙いだったことは明らかだ。今やバイデン氏が王氏の役割を担っている。

第2次トランプ政権の発足が迫り、尹錫悦大統領の弾劾訴追案が可決された韓国で数カ月以内に中国寄りの政権が誕生する可能性が高いことを踏まえると、これほど間の悪いタイミングはない。

石破氏は中国との距離感について曖昧な態度を取っている。しかし、石破氏自身や同氏側近の文章から、少なくとも中国に対して強い関心を持っていることは明らかだ。岸田文雄前首相のように米国と足並みをそろえるというより、日本がワシントンと北京の中間あたりに位置することを望んでいるようだ。

自民党内で対中強硬派の力が弱まっている今、岩屋毅外相が先月の訪中で歓迎され、幾つかの合意がなされたことは、中国側が自国の好機だと十分に認識していることを示している。

バイデン氏は自ら尽力してきた二国間関係を台無しにするようなお粗末な形で政権の幕を引く。皮肉なことに、日本製鉄のUSスチール買収というディール(取引)を進めるためには、トランプ氏が買収反対の立場を翻すという、同氏お得意の心変わりを期待するしかない。

トランプ氏は翻意するだけで、一挙に対米投資を促進し、米国内の雇用を確保し、バイデン氏の鼻を明かすことができる。しかも、ほとんどリスクを負うことなく、対日関係を改善させることが可能だ。

(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Biden’s Steel Move Is No Way to Treat an Ally: Gearoid Reidy (1) (抜粋)